怪文書だらけの家

うちの母親はよく、メモ用紙にいろんなことを書いては家中のあちこちに貼るくせがあるらしい。

 

NHKが集金に来ると「○月○日不審者あり。警察に通報します」と書いたメモをインターホンの側に貼ったり、ゴミの捨て方などあらゆる事柄の留意点を記したメモを部屋の至る所に貼ったりと、とにかく家中が張り紙だらけだ。

 

それに加え、このご時世なもので感染予防に関すること(どうせワイドショーとかで見たものをそのまま書いたもの)をぎっしり書いてはキッチンの壁に貼ることもあれば、自分の行動に関しての注意を長文で書いたものが突如リビングのテーブルの上に置いてあることもしばしば。

 

内容も内容だし、急に長文の書かれた紙があるとびっくりするので、自分の中では怪文書と呼んでいる。

 

別にそれくらい口頭で伝えればいいのにって思うようなこともあるが、本当に些細なことでもすぐ紙に書いて置いたり貼られたりしているもんだから、毎日毎日怪文書は更新されていく。

 

「冷蔵庫におかずあります」とか「〇〇のことはこういう風にしてください」とか、なぜわざわざ紙に書くのか。変に筆まめなところがある。

 

もしこれが文献史料として何十年後に発掘された暁には、研究者も頭を抱えるだろう。

 

何かと心配性な節があるので、口頭では言いたいことをまとめて伝えきれないとか、一度言っただけでは伝わらないとか思ってるのだろう。俺のことを一体なんだと思っている。

 

とやかく言ったところで実際本人に直接それを伝える気にもならないし、別に紙なんて丸めて捨てればどうにでもなるので構わないが、家中が怪文書だらけになろうもんなら不気味すぎるがゆえ精神衛生上よくない。というか、風水とか好きそうなくせしてそういうことには気を遣わないのか。

 

風水的なことで言えば、怪文書のような奇行のひとつに、よく家の中で盛り塩がされていることもある。

 

うがい薬についてくるような、おちょこくらいの小さなカップに塩が入れられ、それが玄関だとか階段付近の廊下に置かれていることがある。

それに、節分の時期になると豆の入ったカップが自分の部屋にそっと置かれていたこともあった。

 

何を信念にそのような行動を取るのかしらないが、側から見ると「変な人」としか見られない気がする。だからこそ家の中でしかしないと思うのだが、これをもし外でしていたとしたらゾッとする。もう僕は表を歩けない。

 

怪しい新興宗教とかに騙されるような漬け込まれやすい人間ではないと思うが、自分からそんなことをしだすようじゃ、今後どのような奇行をするか読めないから怖い。

 

僕は将来、怪文書と盛り塩のない家庭を築くのだとそっと心に誓った。